大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成2年(ワ)13324号 判決

主文

一  被告並木孝洋は、原告に対し、金一九五〇万七七五〇円及びこれに対する平成二年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告十字屋證券株式会社に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の三分の一と被告並木孝洋に生じた費用を同被告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告十字屋證券株式会社に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  被告会社に対する委託保証金返還請求について

一  請求原因1(当事者)及び2(信用取引委託契約の締結、委託保証金の預入れ)は、当事者間に争いがない。

二  抗弁1のうち、平成二年三月八日、原告名義で本件株式が買い付けられ、同年六月八日、被告会社が信用決済のため本件株式を売り付けし、三四一五万三二一七円の損失が出たので、それを立替払し、その立替金債務の弁済に原告の委託保証金を充当したことは、当事者間に争いがない。

そこで、本件株式の買付が原告の委託に基づくかどうかについて判断する。

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、従前から株式の取引の委託を行っていたものであるが、昭和五三年ころ、油脂取扱業の同業者である徳田藤市(以下「徳田」という。)の紹介で当時泉証券株式会社(以下「泉証券」という。)の外務員であった被告並木と知り合い、同被告を通じて泉証券とも株式の信用取引を開始した。当時から原告が信用取引の委託保証金の代用として差し入れた有価証券のほとんどは、徳田から借りたものであった。

被告並木は、昭和六〇年六月、泉証券から丸和証券株式会社(以下「丸和証券」という。)に転職し、これに伴い、同被告の最も重要な顧客であった徳田が取引先を丸和証券に変えたので、原告も同様に変更した。丸和証券と取引を行っていた当時、被告並木は、外務員である本人が株式売買を行ういわゆる手張り行為を、徳田の取引口座を利用させてもらって行った結果、損失を出して徳田に損害を与えたため、徳田が被告並木所有の建物を担保に取ったことがあり、原告もそのことを知っていた。

2  被告並木は、昭和六三年九月五日、被告会社と歩合外務員契約を締結して丸和証券から被告会社に転職し、これに伴い、徳田が取引先を被告会社に変え、原告も同様に被告会社に変更した。

平成元年一月ころから、信用取引で利益を出したことの報酬という意味合いで、原告が、利益の一部を被告並木に支払うことが始った。そして、同年四月ころまでには、被告並木が、原告に対し、信用取引について共同して投資することを申し出、原告がこれを承諾したため、原告と被告並木との間で、原告が被告会社と行う信用取引につき損益折半する旨の合意がなされた。

損益折半の方法としては、当初は、利益の一部のみをとりあえず折半した上で、その余は万一損失を被ったときの支払に充てるため、原告名義の銀行口座に預金しておくという方法が採られていたが、その後は、原告が、被告並木に対し、利益の半分を銀行振込や現金交付の方法で支払い、損失が出たときには、原告が、被告並木から、損失の半分について現金交付を受けた上で被告会社に小切手で支払ったり、原告が、被告並木の銀行口座に損失の半分の金額を振り込んで、被告並木が残り半分を加えて被告会社の原告の信用取引口座に振り込んだりしていた。

平成元年一年間の被告会社との信用取引における原告の利益は約一五〇〇万円であったので、被告並木はその半額の約七五〇万円を取得した。

原告は、右のような損益折半契約が法令違反となることは十分認識していた。

3  前記のとおり損益折半の合意がなされたのと同じころ、被告並木は、原告から、買付株数を一定数に制限した範囲内で、具体的な銘柄、買付価格は被告並木の判断により買付を行ってよい旨任された。ただし、ほとんど毎日のように午後三時ころから翌営業日の午前九時ころまでの間に、原告から被告並木に対して電話がかかってきたため、取引内容はすべて事後報告されていた。原告の被告会社との信用取引は、一部原告自ら個別注文したものを除き、ほとんどが右の方法によってなされていた。

また、証券会社の手数料は、一回にまとめて注文を出した方が割安になるため、被告並木は、追加注文を見越して顧客の注文以上の株式数を当日成立しそうにない値段で注文しておくといういわゆる一口注文を、原告の注文について行っており、原告もこれを了承していた。なお、被告会社においては、このような一口注文は禁止されていた。

4  原告の被告会社に対する委託保証金の代用有価証券が当初すべて徳田から借りたものであったため、原告は、被告会社に対する届出印を徳田に預けていた。このため、被告並木は、丸和証券に勤務していたころから、徳田の経営する徳田商会の事務所で、原告の信用取引の代金等の受渡しを行い、徳田が原告の届出印で確認の押印をし、その際、原告の指示により、信用取引による利益の一割相当額を徳田に交付していた。

平成元年夏から秋にかけてのころ、原告は、徳田へ利益の一割を渡さずに済ませる手段として、徳田の事務所から自己の届出印を持ち出し、被告並木に用意させた被告会社所定の「持出・受渡票」と二枚複写になっている「お客様ご確認票」という用紙二〇枚前後に予め押印だけして被告並木に交付しておいた。

5  平成二年一月二三日から同年二月六日にかけて、一五回にわたり、原告名義において筒中プラスチック株合計九万株の信用取引による買付が行われたが、原告から被告並木に対しては五万株の買付の委託があったのみであった。そこで、被告並木は、原告に対し、残る四万株については、証券会社に勤務する「マルミツ」という名前の友人の分を原告の信用取引口座を利用して買い付けたものであり、マルミツからは担保もとってあるので原告には迷惑をかけない旨説明し、同年二月八日に、買付単価が比較的安く利益が大きく出た四万株を原告との損益折半分の五万株の一部として、税務処理上有利であるため信用現引した上売り付けし、損益折半分の残り一万株とマルミツの分として説明した四万株の合計五万株について信用決済した。

6  平成二年三月二日、原告は、被告並木を通じて理研ビニル三万株を信用取引で買い付け、更に二万株の買付の委託をして同月五日と七日に各一万株を買い付けた。しかし、同月七日、被告並木は、原告から、理研ビニルの買付について「無理はするな。」と言われた。

ところが、翌八日、被告並木は、原告名義で本件株式の買付を行った。

翌九日、被告並木は、原告に対し、前日の買付の事後報告を行ったが、筒中プラスチック株の買付のときと同様、本件株式の買付はマルミツの分であり、マルミツからは担保もとってあり、原告には迷惑はかけない旨説明した。原告は、自己の信用取引口座の委託保証金の充足率を心配したが、それ以外の苦情は特段述べなかった。

同月一二日、被告会社から本件株式の買付についての売買報告書が原告に郵送され、また、同月末には、本件株式の建株の記載があり、「内容に相違がありましたら速やかに当社売買管理部まで直接ご連絡下さい。」と印刷された「信用取引建株ご通知」と題する書面が原告に郵送されたが、原告から被告会社に対して異議の申し出や問い合せなどはしなかった。

7  本件株式の買付により、建玉が増えたにもかかわらず、その後株価が下落したため、同年三月二二、二三日ころに追い証が発生した。そこで、原告は同月二六日に明治製菓三〇〇〇株を信用現引し、同月二九日に信用取引口座に代金三九三万六八八七円を入金した。しかし、株価の下落のため再び追い証が発生したため、四月三日に東京建物六〇〇〇株を信用現引した。

原告は、追い証が続けて発生したため、被告並木に対し、マルミツの担保を売るなり、マルミツ分の建玉を現引するように強く申し入れ、同月五日に被告並木と面談したところ、被告並木は、実はマルミツなる人物は存在せず、本件株式の買付は自己が行った旨を明らかにし、被告会社と話をつけるから原告には迷惑かけないので時間をくれと申し入れた。

そこで原告は、しばらく様子を見ることにし、同月六日に東京建物株式の現引代金一三六〇万九〇四七円を信用取引口座に入金した。その後、更に追い証が発生したため、原告は、同月一〇日、大東京火災五〇〇〇株を信用現引したが、現引代金八七八万七五七二円の半分を被告並木が用意することになった。

しかし、被告並木が大東京火災株式の現引代金の半分を用意できなかったため、同月一七日、原告と被告並木は、被告会社近くの喫茶店で話し合いを行い、その場に被告会社の営業第二部長である春山喜一郎(以下「春山」という。)を呼び出した。そして、その場で初めて、原告と被告並木は、春山に対し、別紙株式目録の銘柄欄記載の各株式については、損益折半の合意により、原告と被告並木の持分が半分ずつであり、本件株式については、被告並木の手張り分である旨説明した。

以上の事実が認められ(る)。《証拠判断略》

右に認定した事実によれば、原告は、被告並木に対し、具体的な銘柄、買付価格は被告並木の判断により買付を行ってよい旨任せて、事後承諾で済ませていたこと、また、いわゆる一口注文を行うことについても了承していたことなどから、被告並木が行う買付について、事前に、ある程度包括的な承諾を与えていたことが認められる。

しかし、本件株式の買付については、被告並木が、原告に対してマルミツの分であると虚偽の説明をしたこと、マルミツなる人物が存在しないことを原告に明らかにした後は、本件株式は自己の手張り分であると認めていることなどからすれば、本件株式の買付は、原告が被告並木に対して与えた事前の包括的な承諾の範囲を逸脱して行ったもので、原告に無断でなされた買付であったと認められる。

三  ところで、証券業者と顧客との取引につき、外務員が介在する場合において、証券業者の外務員と顧客との間に一般的取引関係からする信用をこえる特別の個人的信頼関係が存在し、顧客が外務員に対し証券業者の使用人たる地位を去って自己のために行為することを求め、外務員がこれに応じたものと認められるだけの特別事情が存在するときは、外務員は顧客の代理人として行動したものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三八年一二月三日判決・民集一七巻一二号一五九六頁、最高裁判所昭和五〇年一〇月三日判決・判例時報七九九号三七頁参照)。

そこで、抗弁2について検討するに、先に認定した事実によれば、

(1)原告は、被告並木が証券会社を転職するたびに、それに伴って、徳田とともに、被告並木が所属する証券会社に取引先を変更していること、

(2)原告は、被告並木が、かつて徳田の取引口座を使用させてもらって手張りを行い、徳田に損害を与えたことも知っていたこと、

(3)原告は、被告並木との間で、原告の被告会社との信用取引について損益折半契約を締結し、原告は、被告並木に対し、同被告の利益の取り分として相当な額の金員を支払っていたこと、

(4)原告は、被告並木に対し、被告会社との信用取引について具体的な銘柄、買付価格は被告並木の判断により買付を行ってよい旨任せて、事後承諾で済ませていたこと、

(5)原告は、被告並木が一口注文を行うことも了承していたこと、

(6)原告は、長期間にわたって、委託保証金の代用有価証券を貸してくれていた徳田を通じて信用取引の代金等の受渡しを行い、その際、利益の一割を徳田に交付するように被告並木に対し、指示していたこと、

(7)その後、徳田に利益の一割を渡さずに済ませる手段として、原告は、被告会社所定の「お客様ご確認票」に、自己の届出印を予め押印だけして被告並木に交付しておいたこと、

(8)原告は、右のような損益折半契約が法令違反となること及び一口注文が被告会社で禁止されていることなどを十分に認識していたこと、

などの事実からすれば、原告と被告並木は、原告において、被告並木が証券会社を変っても、同被告の証券外務員としての実力を評価して、継続して株式取引を委託していたという関係に加えて、損益折半契約を締結することにより、原告が、被告並木に信用取引の利益の半分を与え、かつ、取扱い取引量ひいては手数料収入の増加に貢献する代りに、被告並木が、信用取引で利益を出すための投資情報の収集等に努力し、その他原告の利益になる手段を講じることにより、原告と被告会社との信用取引において、互いに利益を得るために協力し合う関係になっていたといえる。

とすれば、被告並木との間には、証券業者の外務員と顧客との間の一般的取引関係からする信用をこえる特別の個人的信頼関係が存在し、顧客が外務員に対し証券業者の使用人たる地位を去って自己のために行為することを求め、外務員がこれに応じたものと認められるだけの特別事情が存在するといえ、被告並木は、原告の代理人として行動していたものと認められる。

したがって、被告並木が行った本件株式の買付は、原告に無断で行ったものではあるが、それによって原告が被った損失については、被告会社は責めを負わないと解すべきである。

そうすると、その余の主張について判断するまでもなく、原告の被告会社に対する委託保証金返還請求は理由がない。

第二  被告並木に対する損益折半契約に基づく支払請求について

請求原因1の事実及び同3のうち、別紙株式目録の銘柄欄記載の各株式について同目録記載のとおりの信用取引が行われたことは、当事者間に争いがなく、前記認定の事実によれば、平成元年一月ないし四月ころ、原告と被告並木との間に、原告と被告会社間の信用取引について、その損益を折半する契約が締結されたことが認められる。

よって、原告の被告並木に対する損益折半契約に基づく支払請求は理由がある。

第三  結論

以上によれば、原告の被告並木に対する請求は理由があるからこれを認容し、被告会社に対する請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 萩尾保繁 裁判官 浦木厚利 裁判官 楡井英夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例